ホーム > アーカイブ - 2011年03月

FUKUSHIMA50のみなさんについて

心はずっとざわざわしていますが、もういい加減腹を決めてがんばらないと!
東北の被災した方々にも申し訳ない……。そう思うようになりました。

みなさんは、福島原発の現場に残り続けて、あの日以来ずっとあそこに滞在し、命をかけてがんばってくれている「FUKUSHINA50」について、もうテレビなどで見かけたでしょうか?

あまり日本では大々的に取り上げられませんが、海外のマスメディアでは特集が組まれるほどです。



あまり日本では報道されないので、ABCニュースで聞いた情報を下記にまとめてみます。



なんと200人ものスタッフが、原発事故以来、ずっとあの施設に残り続けています。国を救うという想いで。
電力がないので、懐中電灯で作業。食べるものもほとんどなく、水とカンパン系の非常食でしのぐような劣悪な状況です。

もちろん、暖房などないので、凍りつくような寒さ!
50人ずつ交代で作業。寝床はリビングルームぐらいの1室のみ。

爆発が起きたときも、爆発の音を聞きながら作業していたそうです。白い防護服で真っ暗な中で。

彼らがどれくらい被爆しているか分かりませんが、かなりの放射線を浴び、爆発のときには危険物質の粉じんさえ吸っていると思われます。今日までもう1週間以上ですから、その被ばく量は相当なものです。

彼らは全てを覚悟の上でやっているのです。命がけです。


家族からのメッセージには涙が出てきます。

「父がでかけるとき、あんなに激しく泣く母を見たことがありませんでした。原発施設のみんなは命がけで戦っています。お父さん、どうか無事で帰ってきて!」

私の夫は被爆することを承知しています。夫からメールが来ました。「どうか無事に生き続けて。僕はしばらく家にはもどれない。」

私の父は食べ物も不足するような劣悪な環境の中、働いています。父が言ったんです。「おれは自分の運命を受け止める」まるで死刑判決を受けたみたいです。

27歳の@NamicoAotoさんがツィッターでつぶやいたこと。

「私の父はもう半年で定年なのに、この任務を自ら引き受けたそうです。それを聞いたとき、涙があふれました。父は家では、そんな大きな仕事をするような人には見えなかったけど、今は彼を誇りに思います」



以上です。

なんと言ったらいいのか、言葉がありません。彼らの無事を心から祈りたいと思います。

[ 2011/03/22 14:04 ] つれづれ | トラックバック(-) | CM(1)